「掃除」が趣味になってきた最近

久しぶりの更新になります。

毎日が充実していて、全くパソコンやスマホに触れる時間がありませんでした。というか忘れていました。

最近は、「運動」と合わせて「掃除」を毎日の一部に取り入れています。今までも掃除をする習慣はあったのですが、「活動としての掃除」ではなかったんです。

これまでの掃除は、なんと言いますか、「散らかってきたから片付けよう」とか「汚れが目立ってきたから掃除しよう」といった具合で言わば「義務的な掃除」でした。

でも最近はなんだか掃除がすごく楽しいのです。

「ランニング」や「散歩」「写真」「料理」「マウンテンバイク」「ディスクゴルフ」「英語の勉強」「読書」「畑作業」「音楽」などと同じ地位に上がってきてるんです。笑

もはや趣味の領域になってきています。

自分の部屋や車や自転車の掃除はもちろんですが、ハウスメイトと共同のキッチンやリビングやダイニングの掃除も当番でもないのにやったりしています。

なんかとても気持ちがいいんですよね。

あと掃除をしている最中も使っている身体の筋肉を意識したりはしてるのですが、それ以上に掃除に「集中」できるんですよね。言い方を変えると何も考えない「無」の時間が現れるんです。

瞑想で集中できた時に近い感覚ですね。

あとは「ランニング中」に感じる「無」の感覚や、マウンテンバイクで険しい道や連続ジャンプをするときにしている「集中」の感覚に近いものです。

最近は仕事中にも(忙しい時のみですが)そういった感覚が味わえるようになってきました。

熱中している時間というのでしょうか?他のことを全て忘れて意識を今の一点に合わせているという感覚です。

これは瞑想によるトレーニングによるものなのかわかりませんが、多くの書籍の中で言われる「マインドフルネス」とか、神道でいう「中今」と呼ばれたりする感覚に近いのかもしれません。

とにかく「掃除」が趣味になりつつある最近です。

そういったデジタル世界ではなく、現実的な活動の中での時間が増えているためにパソコンに触る時間も最近は減ってきています。

それと同時に生活における幸福感は益々激増しています。春を迎えたニュージーランドですが、すでにこちらにきてから1年半も経過していました。

この夏も大自然の中で「登山」「マラソン」「マウンテンバイク」「キャンプ」「アカペラ」「ディスクゴルフ」三昧の予定です。

あとは、まだいつの移動になるかわかりませんが、「マチュピチュ」へ行く計画を立てています。ハウスメイトにペルーの友人がいて、彼女は「インカトレイル」(マチュピチュの周りを歩く登山道)を1週間以上かけて経験しています。僕はその子から朝食を作りながら色々な情報をもらって具体的な計画作りや下調べを始めました。

インカ帝国の歴史や、クスコ周辺の気候や経済の状況、登山のために必要な予約関係や装備、そして高山病対策や体力トレーニング(重要)などです。

 

下の写真は、つい昨日に行われた街のランニングイベントでカメラマンを担当した時に撮影したものです。いつもは走る側なのですが、ボランティアのカメラマンとしても何回か参加しています。

これだけの写真の練習ができて、しかもみんな喜んでくれるという最高の環境です。一生懸命走っているの人々の姿は国籍を超えて美しいと感じるものですね。

気がつくと本格的に写真を始めてからもう4年以上になりました。仕事としての撮影も含めて色々な写真をこれまでとってきました。

その中で1つ感じるのは、どんなに着飾ったりお化粧などをしても絶対に撮ることができない美しさが、何も意識せずにただ単に運動をしている人たちの写真にはあるということです。

これは写真に限ったことではありませんが、この大自然の中での生活で物事の本質が少しずつ見えるようになってきた気がしています。

ちなみに写真を夢中でとっている時も「集中」の感覚が現れました。美しい自然の中で何かに熱中できることに感謝です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です