【読書感想】『ねじまき鳥クロニクル』|日常と幻想の境界で、僕らはネジを巻き続ける

ニュージーランド・クイーンズタウンでの静かな夜。
毎晩、就寝前に一冊の小説を読み進める時間を楽しみにしていました。
それが、今回のネタである村上春樹の長編小説『ねじまき鳥クロニクル』です。

日本に帰国した際にブックオフでまとめ買いしてきた本たちの1つです。


上・中・下巻と3冊に分かれたこの作品は、僕にとって日常から一歩離れて、“現実と幻想のあいだ”に連れて行ってくれる旅のようなものでした。


あらすじをざっくりとおさらい

主人公・岡田トオルは、職を辞め、主夫のような生活を送りながら猫の捜索をする日々。
しかし、突如として妻・クミコが失踪し、そこから物語は不穏にねじれはじめます。
井戸に籠る瞑想、奇妙な夢、戦争の記憶、謎の女性たちとの出会い、そして現れる“ねじまき鳥”の鳴き声。

現実と幻想、過去と現在、愛と暴力が、複雑に入り混じりながら物語は進行していきます。


読みにくささえも魅力に変わる、癖になる小説

ストーリーは決してわかりやすいものではありません。
夢と現実の境目は曖昧で、唐突に挿入される戦争描写や井戸の中の瞑想体験、名前すら実態のないキャラクターたち──。

でも、その「よくわからなさ」が妙に心地いい。
気づけば、ページをめくる手が止まらなくなっていました。


自衛隊時代の記憶と重なった「間宮中尉」の戦争体験

僕にとって、最も印象的だったのは間宮中尉のパートです。
彼がソ連との戦争でスパイ任務に出向き、襲撃を受け、捕らえられ、上官が皮を剥がれるという拷問に遭う場面。

元自衛官だった僕にとって、このパートはかなりリアルに迫ってきました。
軍隊という組織の中で、人間性が試される極限の状況。
「もしあの場に自分がいたら…」と想像してしまうほど、深く刺さる描写でした。


品川での描写や、シナモンの“仕事”にも惹かれました

品川で加納マルタに出会うシーンも、個人的に印象に残っています。
というのも、僕自身が以前よく訪れていたホテルやカフェが舞台になっていたからです。
村上作品独特の、都市の風景を静かに切り取るような描写が心地よく、想像が容易でした。

また、終盤に登場するシナモンと彼の構築するシステムも非常に面白かった。
現実に何をしているのか分からないのに、理知的でどこか哲学的な彼の仕事の進め方に、妙な親近感が湧きました。


主人公と自分の“今”が重なる瞬間

仕事を辞めて、奥さんに浮気されて、ニートのような生活を送りながら、
いつの間にか得体の知れない仕事で大金を稼いでしまう岡田トオル。

「人生、どうにでもなるな(笑)」と思える描写でした。
でも同時に、それでも静かに、毎日ネジを巻き続けることの意味を考えさせられる物語でもあります。


読後に残ったもの──現実と幻想のあいだで生きる感覚

最後のページを閉じたとき、僕の中にはひとつの言葉が残りました。

「どんなことがあっても、日々、人生のネジを巻いていこう。」

日常に起こる不思議。夢の中の真実。名前のない感情。
村上春樹は、それをきれいに説明することなく、僕たち読者に手渡してくれます。


他の作品とのつながりも楽しい

この作品を読みながら、「ノルウェイの森」や「1Q84」との繋がりも感じました。
たとえば「ノルウェイの森」で繰り返し登場する“ネジを巻く”という言葉は、
もしかしたらこのねじまき鳥の世界観から派生していたのかもしれない。

牛河が後に「1Q84」で再登場するのも、読者としてはニヤリとする瞬間。
村上春樹ワールドの中で、物語たちが緩やかにリンクしていく感覚は本当にたまりません。


最後に:この本をまだ読んでいない人へ

この作品は、いい意味で僕たちを日常から引き剥がしてくれる一冊です。

静かで整った文体なのに、描かれる内容はどこまでも幻想的で破壊的。
日々の生活の中で見逃してしまうような何気ない出来事や感情を、
ねじまき鳥の声のように、どこか遠くから静かに呼び覚ましてくれます。

まだ読んでいない方は、ぜひページを開いてみてください。
最初は「よくわからない」と感じても、それがきっと癖になります。

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